決算短信を開いてみたものの、意味がつかめずに閉じてしまった。売上はそこまで落ちていないのに、営業利益の欄だけが真っ黒な赤字になっている。あるいはその逆で、売上が3割増えただけなのに利益が何倍にも膨らんでいる。
半導体メーカーの決算では、これが日常的に起こります。そして、この現象を理解しないまま株価チャートだけを見ていると、「なぜこんなに動くのか」がいつまでも分かりません。原因は業績の良し悪しではなく、費用の構造にあります。
半導体メーカーの利益が突然消えるのは、数千億円の工場が完成した瞬間から、売上と無関係に発生し続ける費用に変わるからです。
キオクシアホールディングスの2024年3月期は、減価償却費及び償却費が3,461億円ありました。営業損益は▲2,527億円です。つまり償却費を除けば黒字(EBITDA 934億円)でした。
そして2年後の2026年3月期、償却費はほぼ同水準の3,128億円のまま、売上が2倍以上に増えたことで営業利益は8,762億円になりました。
同じ費用構造が、赤字と最高益の両方を生んでいます。この記事では、その仕組みを分解します。

同じ会社、同じ償却費、正反対の決算
まず実際の数字を並べます。ここを見ていただくだけで、この記事の主題は8割伝わります。キオクシアホールディングスの2期を比較したものです。
| 項目 | 2024年3月期 | 2026年3月期 |
|---|---|---|
| 売上収益 | 1兆766億円 | 2兆3,376億円 |
| 減価償却費及び償却費 | 3,461億円 | 3,128億円 |
| 営業損益 | ▲2,527億円 | 8,762億円 |
| EBITDA | 934億円(黒字) | — |
注目していただきたいのは、償却費がほとんど変わっていない点です。3,461億円から3,128億円へ、1割ほど減っただけ。にもかかわらず、営業損益は▲2,527億円から+8,762億円へ、1兆円以上動いています。
つまり赤字の原因は「費用が急に増えた」ことではありません。費用がまったく減らないところに、売上の減少がそのまま突き刺さったのです。ここから、その仕組みを分解していきます。

工場は完成した瞬間から「減らせない費用」になる
工場や装置に使ったお金を、購入した年に全額費用にするのではなく、使用できる年数で分割して毎年費用として計上するもの。現金は購入時に出ていっており、その後の各年に計上されるのは帳簿上の費用です。
半導体工場の建設と装置導入には、1棟あたり数千億円から1兆円規模の資金が必要になります。TSMCは2026年の設備投資計画を520〜560億ドルとしています(2026年1月の決算説明会)。日本円で8兆円規模です。
この投資は、工場が稼働を始めた時点から毎年の費用に変わります。そして重要なのは、需要が消えて工場を半分止めても、この費用はほぼそのまま計上され続けるという点です。市況が悪いから償却費を減らしてください、という交渉は成立しません。
なぜ「少し落ちただけ」で赤字になるのか
売上に応じて増減するのが変動費(原材料など)、増減しないのが固定費(償却費・人件費など)。売上から変動費を引いたものが限界利益で、これが固定費とちょうど同額になる売上高が損益分岐点です。
数字で見ます。以下は構造を示すための簡略な例で、実在企業の数値ではありません。売上1,000、変動費率30%(限界利益率70%)、固定費650(うち償却費600)の会社を想定します。
| 売上 -20% | 基準 | 売上 +20% | |
|---|---|---|---|
| 売上高 | 800 | 1,000 | 1,200 |
| 変動費(30%) | 240 | 300 | 360 |
| 限界利益 | 560 | 700 | 840 |
| 固定費(変わらない) | 650 | 650 | 650 |
| 営業損益 | ▲90 | 50 | 190 |
売上が20%減ると、利益は50から▲90へ。売上の変化率の14倍の幅で損益が動いています。逆に20%増えれば50から190へ、こちらも同じ幅で跳ね上がります。
そしてこのモデルの損益分岐点は、固定費650÷限界利益率0.7=約929です。売上1,000に対して、余裕はわずか7%しかありません。売上が7%落ちただけで赤字に転落する——「売上が落ちていないのに赤字」という感覚のズレは、ここから生まれます。
巨額の設備投資は、損益分岐点を売上のすぐ下まで押し上げる
固定費が重い会社は、好況では利益が爆発し、不況では一気に赤字になります。どちらも同じ一つの構造から出てきた結果です。
株価のボラティリティは、この損益の増幅がそのまま反映されたものと考えると理解しやすくなります。市況の振れ幅そのものについてはシリコンサイクルの構造で扱っています。
実際の数字でも確認できます。米マイクロンは2022年度に売上307.6億ドル・純利益約87億ドルでしたが、翌2023年度には売上が155.4億ドルへほぼ半減し、58.3億ドルの純損失に転落しました。そして2026年度第3四半期には売上414.6億ドル、売上総利益率84%台まで振れています(Micron各期決算発表、SEC提出資料)。同じ会社です。


このとき、リスクはどこにあるのか
「固定費が重いから危ない」で終わらせると、何も手が打てません。3つの層に分けると、自分が動かせる範囲がはっきりします。
市場のリスク
- 製品価格の下落
- 業界全体の増産による供給過剰
- 顧客の設備投資計画の変更
企業のリスク
- 償却費の絶対額と売上比
- これから始まる投資の規模
- 有利子負債と返済スケジュール
- 減損リスクを抱えた資産の有無
自分のリスク
- 最高益の数字を平常時と思い込まない
- 1四半期の損益で判断を変えない
- 固定費の重い銘柄への集中度
なお、LEVEL 2の「償却費の絶対額」は、決算短信のキャッシュフロー計算書か決算説明資料に必ず載っています。これは推測ではなく、会社が自分の名前で開示している数字です。次のセクションで、どこを見るかを具体的に示します。

会計上の「5年」と、現場の実効寿命はズレている
ここは、経理の解説記事にも証券レポートにもあまり書かれない部分です。しかし損益に直接効きます。
日本の税法では、半導体集積回路製造設備の法定耐用年数は5年と定められています(国税庁「耐用年数の適用等に関する取扱通達」別表第二)。TSMCも連結財務諸表の注記で、機械設備の見積耐用年数を5年としています。つまり会計の世界では、装置は5年で価値がゼロになる前提で費用が配分されるわけです。
ズレは、2つの方向に起こる
設備などが、帳簿に載っている金額ほど将来のお金を生めないと判断されたときに、その差額を一度に費用として計上する処理。現金は出ていきませんが、その期の利益は大きく削られます。過去の投資判断の答え合わせが、まとめて損益に出てくる場面と言えます。
CASE Bが起こりやすいのは、微細化の世代が切り替わる局面です。どのような技術転換が控えているかは、High-NA EUVの解説記事や半導体製造プロセスの全体地図で確認できます。技術記事を読んでおくことが、そのまま減損リスクの見立てにつながる——これが技術と会計の交差点です。
決算のどこを見ればいいのか
営業利益に減価償却費などを足し戻した数値。「償却費を除いたら本業で稼げているか」を見る指標です。ただし設備投資が必要な事業では、償却費を無視すると投資負担を見落とすため、単独で使わないことが前提になります。

あなたにとっての意味
よくある3つの誤解
・固定費が重いほど損益分岐点は売上のすぐ下まで上がり、わずかな減収で赤字になる
・同じ構造が好況では利益を爆発させる。赤字と最高益は同じ仕組みの表と裏
・会計上の耐用年数(5年)と装置の実効寿命はズレる。前者が短ければ原価が軽くなり、後者が短ければ減損リスクになる
・決算では、営業利益より先に減価償却費・設備投資計画・EBITDAとの差を見る
・そのうえで、市況の現在地は事後にしか分からないことを前提に判断する

よくある質問

メーカーで電気設計と品質保証に携わってきた経験をもとに、AIインフラを支える半導体・電力・冷却の仕組みを、図解でやさしく解説しています。
次に読むべき記事
ここまでで「売上が落ちていないのに赤字になる理由」の全体像がつかめました。次は、つながりの深い記事で理解を一歩ずつ広げていきましょう。
テーマ別に、もっと深く学ぶ
気になるところから読んでも大丈夫です。どの記事も、はじめての方にもわかるように図解で書いています。



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