決算短信を開いてみたものの、意味がつかめずに閉じてしまった。売上はそこまで落ちていないのに、営業利益の欄だけが真っ黒な赤字になっている。あるいはその逆で、売上が3割増えただけなのに利益が何倍にも膨らんでいる。
半導体メーカーの決算では、これが日常的に起こります。そして、この現象を理解しないまま株価チャートだけを見ていると、「なぜこんなに動くのか」がいつまでも分かりません。原因は業績の良し悪しではなく、費用の構造にあります。
CONCLUSION / 先に結論
半導体メーカーの利益が突然消えるのは、数千億円の工場が完成した瞬間から、売上と無関係に発生し続ける費用に変わるからです。
キオクシアホールディングスの2024年3月期は、減価償却費及び償却費が3,461億円ありました。営業損益は▲2,527億円です。つまり償却費を除けば黒字(EBITDA 934億円)でした。
そして2年後の2026年3月期、償却費はほぼ同水準の3,128億円のまま、売上が2倍以上に増えたことで営業利益は8,762億円になりました。
同じ費用構造が、赤字と最高益の両方を生んでいます。この記事では、その仕組みを分解します。
※本記事は特定の銘柄・売買を推奨するものではありません。会計の仕組みを知ることで、決算資料をご自身で読めるようになることだけを目的としています。
🧭 この記事の位置:半導体投資 > 決算・指標 > 設備投資と減価償却
投資判断のプロセス
① 産業を理解する ←ココ
② リスクを知る
③ 銘柄を絞る
④ 資金配分を決める
⑤ 継続して見直す
この記事で分かること:決算を見るとき、営業利益の額よりも「償却費がいくらで、損益分岐点がどこにあるか」を先に確認するという視点。
同じ会社、同じ償却費、正反対の決算
まず実際の数字を並べます。ここを見ていただくだけで、この記事の主題は8割伝わります。キオクシアホールディングスの2期を比較したものです。
| 項目 |
2024年3月期 |
2026年3月期 |
| 売上収益 |
1兆766億円 |
2兆3,376億円 |
| 減価償却費及び償却費 |
3,461億円 |
3,128億円 |
| 営業損益 |
▲2,527億円 |
8,762億円 |
| EBITDA |
934億円(黒字) |
— |
出典:キオクシアホールディングス「2024年3月期 連結決算概要」および「2026年3月期 決算短信〔IFRS〕」「同 決算説明資料」。2026年3月期の営業利益はNon-GAAPベース、売上高営業利益率は37.5%。「1日あたり8.5億円」は3,128億円を365日で割った概算値です。数値は執筆時点の公開情報。
注目していただきたいのは、償却費がほとんど変わっていない点です。3,461億円から3,128億円へ、1割ほど減っただけ。にもかかわらず、営業損益は▲2,527億円から+8,762億円へ、1兆円以上動いています。
つまり赤字の原因は「費用が急に増えた」ことではありません。費用がまったく減らないところに、売上の減少がそのまま突き刺さったのです。ここから、その仕組みを分解していきます。
工場は完成した瞬間から「減らせない費用」になる
用語:減価償却費
工場や装置に使ったお金を、購入した年に全額費用にするのではなく、使用できる年数で分割して毎年費用として計上するもの。現金は購入時に出ていっており、その後の各年に計上されるのは帳簿上の費用です。
半導体工場の建設と装置導入には、1棟あたり数千億円から1兆円規模の資金が必要になります。TSMCは2026年の設備投資計画を520〜560億ドルとしています(2026年1月の決算説明会)。日本円で8兆円規模です。
この投資は、工場が稼働を始めた時点から毎年の費用に変わります。そして重要なのは、需要が消えて工場を半分止めても、この費用はほぼそのまま計上され続けるという点です。市況が悪いから償却費を減らしてください、という交渉は成立しません。
💡 なぜ「少し落ちただけ」で赤字になるのか
用語:固定費・変動費・限界利益・損益分岐点
売上に応じて増減するのが変動費(原材料など)、増減しないのが固定費(償却費・人件費など)。売上から変動費を引いたものが限界利益で、これが固定費とちょうど同額になる売上高が損益分岐点です。
数字で見ます。以下は構造を示すための簡略な例で、実在企業の数値ではありません。売上1,000、変動費率30%(限界利益率70%)、固定費650(うち償却費600)の会社を想定します。
|
売上 -20% |
基準 |
売上 +20% |
| 売上高 |
800 |
1,000 |
1,200 |
| 変動費(30%) |
240 |
300 |
360 |
| 限界利益 |
560 |
700 |
840 |
| 固定費(変わらない) |
650 |
650 |
650 |
| 営業損益 |
▲90 |
50 |
190 |
※構造を説明するための簡略な数値モデルです。税・金利・在庫評価は考慮していません。
売上が20%減ると、利益は50から▲90へ。売上の変化率の14倍の幅で損益が動いています。逆に20%増えれば50から190へ、こちらも同じ幅で跳ね上がります。
そしてこのモデルの損益分岐点は、固定費650÷限界利益率0.7=約929です。売上1,000に対して、余裕はわずか7%しかありません。売上が7%落ちただけで赤字に転落する——「売上が落ちていないのに赤字」という感覚のズレは、ここから生まれます。
KEY POINT
巨額の設備投資は、損益分岐点を売上のすぐ下まで押し上げる
固定費が重い会社は、好況では利益が爆発し、不況では一気に赤字になります。どちらも同じ一つの構造から出てきた結果です。
株価のボラティリティは、この損益の増幅がそのまま反映されたものと考えると理解しやすくなります。市況の振れ幅そのものについてはシリコンサイクルの構造で扱っています。
実際の数字でも確認できます。米マイクロンは2022年度に売上307.6億ドル・純利益約87億ドルでしたが、翌2023年度には売上が155.4億ドルへほぼ半減し、58.3億ドルの純損失に転落しました。そして2026年度第3四半期には売上414.6億ドル、売上総利益率84%台まで振れています(Micron各期決算発表、SEC提出資料)。同じ会社です。
このとき、リスクはどこにあるのか
「固定費が重いから危ない」で終わらせると、何も手が打てません。3つの層に分けると、自分が動かせる範囲がはっきりします。
リスクを3層に分けて考える
LEVEL 1
市場のリスク
自分では避けられない
- 製品価格の下落
- 業界全体の増産による供給過剰
- 顧客の設備投資計画の変更
LEVEL 2
企業のリスク
調べれば減らせる
- 償却費の絶対額と売上比
- これから始まる投資の規模
- 有利子負債と返済スケジュール
- 減損リスクを抱えた資産の有無
LEVEL 3
自分のリスク
完全に自分で決められる
- 最高益の数字を平常時と思い込まない
- 1四半期の損益で判断を変えない
- 固定費の重い銘柄への集中度
コントロールできるのはLEVEL 3だけです。特に「今期の最高益がこれからも続く」という前提を置いていないか——固定費が重い業種では、ここが最も高くつく思い込みになります。
なお、LEVEL 2の「償却費の絶対額」は、決算短信のキャッシュフロー計算書か決算説明資料に必ず載っています。これは推測ではなく、会社が自分の名前で開示している数字です。次のセクションで、どこを見るかを具体的に示します。
会計上の「5年」と、現場の実効寿命はズレている
ここは、経理の解説記事にも証券レポートにもあまり書かれない部分です。しかし損益に直接効きます。
日本の税法では、半導体集積回路製造設備の法定耐用年数は5年と定められています(国税庁「耐用年数の適用等に関する取扱通達」別表第二)。TSMCも連結財務諸表の注記で、機械設備の見積耐用年数を5年としています。つまり会計の世界では、装置は5年で価値がゼロになる前提で費用が配分されるわけです。
🔧 ズレは、2つの方向に起こる
CASE A
償却は終わったが、装置はまだ動く
成熟した世代の製造ラインでは、5年で償却が終わっても装置は問題なく稼働を続けます。するとその後は償却費という固定費が消えたまま製品を作れる状態になります。
→ 損益への効果:原価が軽くなり、価格競争に強くなる。損益分岐点そのものが下がる。
CASE B
償却が終わる前に、稼ぐ力を失う
最先端の領域では、世代交代が数年単位で進みます。露光技術が次の世代へ移れば、直前の世代向けに入れた装置は帳簿に残高があるうちに競争力を失うことがあります。
→ 損益への効果:減損損失として、一度に大きな損失が計上される可能性。
用語:減損損失
設備などが、帳簿に載っている金額ほど将来のお金を生めないと判断されたときに、その差額を一度に費用として計上する処理。現金は出ていきませんが、その期の利益は大きく削られます。過去の投資判断の答え合わせが、まとめて損益に出てくる場面と言えます。
CASE Bが起こりやすいのは、微細化の世代が切り替わる局面です。どのような技術転換が控えているかは、High-NA EUVの解説記事や半導体製造プロセスの全体地図で確認できます。技術記事を読んでおくことが、そのまま減損リスクの見立てにつながる——これが技術と会計の交差点です。
決算のどこを見ればいいのか
用語:EBITDA(イービットディーエー)
営業利益に減価償却費などを足し戻した数値。「償却費を除いたら本業で稼げているか」を見る指標です。ただし設備投資が必要な事業では、償却費を無視すると投資負担を見落とすため、単独で使わないことが前提になります。
決算資料で確認する5つの観点
□ 減価償却費の金額と、売上に対する比率(キャッシュフロー計算書の営業CF内訳、または決算説明資料に記載)
□ 営業利益とEBITDAの差(差が大きいほど、償却費が損益を支配している)
□ 今期・来期の設備投資計画額(これが数年後の固定費になる。投資CFと会社計画を見る)
□ 稼働率や生産調整に関する記述(決算説明資料の質疑や事業環境の項に出てくることが多い)
□ 有利子負債と、財務制限条項に関する注記(赤字が続くと財務面の制約が発生する場合がある)
あなたにとっての意味
投資を始めたばかりの方へ
まずは「赤字=経営が悪い」「最高益=盤石」と直結させないことだけ覚えておけば十分です。固定費の重い業種では、どちらも市況の一断面にすぎません。決算を見るときは、営業利益の隣にある減価償却費の金額を一緒に確認する習慣をつけてみてください。
個別株の経験がある方へ
他セクターで有効な「増収率と増益率を並べて見る」手法が、この業種では違う意味を持ちます。増収率の数倍で増益するのは経営努力の成果とは限らず、固定費構造による増幅である可能性があります。だとすれば、減収に転じた局面でも同じ倍率で効いてきます。設備投資計画の金額を先に確認しておくと、数年後の固定費水準がある程度見通せます。
いま含み損を抱えている方へ
好業績の決算を見て買った直後に減益に転じた、という経験をされた方は少なくないはずです。それは銘柄選びの目が悪かったというより、この業種の損益が構造的に増幅されることを、誰も教えてくれなかっただけかもしれません。今日わかった「償却費と損益分岐点を先に見る」という手順は、これから何度でも使えます。変えられるのはそこだけで、それで十分です。
よくある3つの誤解
誤解1「赤字なら、現金も出ていっているはずだ」
減価償却費は、その期に現金が出ていく費用ではありません。実際にキオクシアの2024年3月期は営業損益が▲2,527億円でしたが、償却費3,461億円を足し戻したEBITDAは934億円の黒字でした。会計上の赤字と資金繰りは別の話です。ただし、その現金は数年前にすでに支払われているため、「損をしていない」わけでもありません。
誤解2「EBITDAが黒字なら安心していい」
そうは言えません。半導体は数年ごとに新しい投資を続けなければ競争力を維持できない事業です。償却費を除いて評価するのは、その事業に不可欠な支出を見なかったことにするのと同じになりかねません。EBITDAは営業利益と並べて、差の大きさを見る道具として使うのが現実的です。
誤解3「償却が終われば、ずっと利益率が高いままになる」
その期間は確かに損益分岐点が下がります。ただし競合も同じことができ、償却の終わった設備が業界全体に増えれば、その分だけ値下げの余地が生まれて価格競争が起きる可能性があります。コストが下がることと、利益が残ることは別です。
SUMMARY / この記事のまとめ
・数千億円の工場は、完成した瞬間から売上と無関係な固定費に変わる
・固定費が重いほど損益分岐点は売上のすぐ下まで上がり、わずかな減収で赤字になる
・同じ構造が好況では利益を爆発させる。赤字と最高益は同じ仕組みの表と裏
・会計上の耐用年数(5年)と装置の実効寿命はズレる。前者が短ければ原価が軽くなり、後者が短ければ減損リスクになる
・決算では、営業利益より先に減価償却費・設備投資計画・EBITDAとの差を見る
・そのうえで、市況の現在地は事後にしか分からないことを前提に判断する
よくある質問
Q. 工場を止めれば、償却費は減らせないのですか?
稼働を止めても、資産の価値が時間とともに減っていくという前提は変わらないため、償却費は原則として計上され続けます。加えて、稼働率が下がると製品1個あたりが負担する固定費が増えるため、原価率が悪化して売上総利益がさらに圧迫されるという二重の効果が働きます。生産調整が短期的に業績を悪化させるのはこのためです。
Q. 減価償却費は、どの資料のどこに載っていますか?
最も確実なのは決算短信のキャッシュフロー計算書で、営業活動によるキャッシュ・フローの内訳に「減価償却費及び償却費」として出てきます。決算説明資料にEBITDAの内訳として明示されている企業も多く、その場合は営業利益と償却費が並んで書かれているので最短で確認できます。
Q. 製造装置メーカーも同じ構造ですか?
程度が違います。工場を自ら持って量産するメーカー(メモリなど)は固定費比率が高く、損益の増幅が大きくなります。一方、装置メーカーや材料メーカーは相対的に固定費が軽く、代わりに顧客の設備投資の増減がそのまま受注に響くという別の変動要因を持ちます。同じ「半導体株」でも、損益が振れる理由が異なります。
Q. 償却負担が軽くなる時期は予測できますか?
ある程度は推測できます。過去の設備投資額の推移と耐用年数の前提が分かれば、いつ償却が一巡するかの目安は立ちます。ただし新規投資が続けば負担は積み増され、投資計画も市況次第で変更されます。「計算できる」と「当たる」は別である点はご注意ください。
Q. 結局、赤字の半導体株は買いなのでしょうか。
その判断は本記事では行いません。赤字には市況によるものと構造によるものがあり、後者の場合は市況が回復しても業績が戻らないことがあります。お渡しできるのは、決算資料でその区別を自分で確認する手順だけです。
免責事項:本記事は半導体・AIインフラ産業の構造と投資リスクを理解するための情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄や投資手法を推奨するものではありません。当サイトは金融商品取引法に基づく投資助言・代理業の登録を受けておらず、投資助言を行うものではありません。記載の数値・事例は執筆時点の公開情報(キオクシアホールディングス決算短信および決算説明資料、Micron Technology決算発表、TSMC連結財務諸表および決算説明会、国税庁の耐用年数関連通達)に基づくもので、将来の成果を保証しません。会計基準・開示区分の違いにより企業間の数値を単純比較できない場合があり、記事内の数値モデルは構造説明のための簡略なものです。投資に関する最終的な判断は、必ずご自身の責任と最新の一次情報に基づいて行ってください。
次に読むべき記事
この記事で「利益がなぜ増幅されるか」がわかったら、次はその利益を使った指標がどう歪むかへ進むと、決算資料が一気に読めるようになります。
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なぜ半導体株はこれほど乱高下するのか|シリコンサイクルの構造
本記事の「損益の増幅」に、需給の遅延が掛け算されて株価のボラティリティになります。当カテゴリの土台です。
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キオクシア株はなぜ急騰したのか|構造を投資家向けに解説
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