「液浸冷却」──サーバーを液体に沈めて冷やす。初めて聞くと「え、壊れないの?」と驚きますよね。
- 液浸冷却って、本当にサーバーを液体に沈めるの? 壊れないの?
- 「単相式」と「二相式」があるらしいけど、何がどう違うの?
- DLC(直接液冷)との違いがわからない──どっちが優れているの?
- PUE 1.05を達成した事例があるのに、なぜまだ主流になっていないの?
- 3Mが冷却液の製造を撤退したって聞いたけど、今後どうなるの?
- 液浸冷却の定義と「なぜ壊れないのか」を30秒で理解
- 単相式・二相式の仕組みの違いを断面図イメージで図解
- DLC(コールドプレート方式)との6項目比較表
- PUE 1.05を達成したKDDIの実証事例
- 普及を阻む「3つの壁」──メンテナンス・保証・冷却液問題
- 3MのPFAS撤退が液浸冷却の未来に与える影響
液浸冷却とは、サーバーの基板を絶縁性の冷却液に丸ごと沈めて冷やす方式です。使われる冷却液は電気を通さないため、基板が浸かっていてもショートしません。冷却効率は液冷方式のなかで最高──KDDIの実証実験ではPUE 1.05(冷却電力94%削減)を達成しています(出典:経済産業省 METI Journal)。しかし「最高の冷却効率」にもかかわらず、現時点ではDLC(コールドプレート方式)が主流であり、液浸冷却は実証〜一部導入の段階にとどまっています。その理由は、①メンテナンスの難しさ、②サーバーメーカーの保証問題、③冷却液の調達リスク(3MのPFAS撤退)という「3つの壁」にあります。この記事では、液浸冷却の仕組みと魅力を理解しつつ、なぜまだ主流になれないのかを構造で解説します。
前回の記事(液冷とは?DLC・液浸冷却・水冷の違いを初心者向けに整理)では、液冷の3方式(リアドア・DLC・液浸冷却)の違いを概観しました。この記事はその続編として、液浸冷却だけを深掘りします。
📖 【完全図解】液冷とは?DLC・液浸冷却・水冷の違いを初心者向けに整理 →
リアドア水冷・DLC・液浸冷却の3方式を比較した全体像の記事です。液浸冷却の位置づけを先に把握すると、この記事がより深く読めます。
液浸冷却とは?──「なぜ壊れないのか」を30秒で理解
🛁 一言でいうと「サーバーを冷たいお風呂に丸ごと沈める」冷却方式
液浸冷却(Immersion Cooling)とは、サーバーの基板やIT機器を、電気を通さない特殊な冷却液に丸ごと沈めて冷やす方式です。DLC(コールドプレート方式)がチップの上に冷却板を取り付ける「局所冷却」なのに対し、液浸冷却は基板上のすべての部品が液体に触れる「全面冷却」です。
DLCが「熱い鉄板の上にアイスノンを当てて冷やす」方式なら、液浸冷却は「熱い鉄板ごと冷たいプールに沈める」方式です。プールの水が鉄板のすべての面に触れるので、冷却効率は圧倒的に高い。「でもプールに電子機器を入れたら壊れるでしょ?」──ここがポイントです。使うのは水ではなく、電気を通さない特殊な液体なんです。
⚡ 「なぜ壊れないのか」──絶縁性の冷却液がカギ
液浸冷却に使われる冷却液は「誘電性液体(ゆうでんせいえきたい)」と呼ばれ、電気をまったく通しません。水のように電気を通す液体に基板を沈めれば当然ショートしますが、誘電性液体なら電子回路が浸かっていても正常に動作します。
電気を通さない(電気絶縁性が高い)液体の総称。液浸冷却では、鉱物油系(植物由来含む)やフッ素系の合成液が使われる。ENEOSの「ENEOS IXシリーズ」(植物由来オイル)や、かつての3M「Novec」シリーズ(フッ素系)が代表例。水の約1,000倍の熱移動能力を持つものもある。
最大~50kW
現在の主流
最高の冷却効率
液浸冷却のキーワードは「全面冷却」と「絶縁性液体」の2つ。DLCがGPUやCPUだけを狙って冷やす「スナイパー」なら、液浸冷却は基板全体を液体で包む「ブランケット」。冷却効率は液浸冷却が上ですが、実運用の手間とコストはDLCが有利──ここが「最高効率なのに主流になれない」ジレンマの原因です。

単相式と二相式──2つの仕組みを図解
液浸冷却には「単相式」と「二相式」の2タイプがあります。名前は似ていますが、冷却の原理がまったく違います。
💧 単相式──冷却液が「液体のまま」循環する
単相式(Single-Phase Immersion Cooling)は、冷却液が常に液体のままサーバーの熱を吸収し、CDU(冷却液分配ユニット)で冷やされて戻ってくる方式です。冷却液は沸騰しません。
液体は常に液体のまま。シンプルで管理しやすい。冷却液例:ENEOS IXシリーズ(植物由来オイル)
♨️ 二相式──冷却液が「沸騰→蒸気→凝縮」するサイクル
二相式(Two-Phase Immersion Cooling)は、冷却液がチップの熱で沸騰して蒸気になり、上部の冷却コイルで凝縮(液体に戻る)して再び落下する方式です。液体→気体→液体という「相変化」を利用するため、「二相」と呼ばれます。
サーバー基板が低沸点の冷却液(沸点30〜60℃程度)に浸かっている
チップの熱で冷却液が沸騰し、蒸気が発生
蒸気が上昇し、タンク上部の冷却コイル(コンデンサー)で凝縮──液体に戻る
凝縮した液体が重力で落下し、再びサーバーに接触──ポンプ不要で循環
相変化(液体→気体→液体)の潜熱で熱を奪う。ポンプなしで循環する「自然対流」が特徴
液体が蒸発するときに周囲から奪う熱のこと。同じ温度でも、液体が蒸発するときは単なる温度上昇よりもはるかに多くの熱を吸収する。二相式液浸冷却は、この潜熱を利用することで単相式より高い冷却能力を実現している。
📊 単相式 vs 二相式──6項目で比較
| 比較項目 | 💧 単相式 | ♨️ 二相式 |
|---|---|---|
| 冷却の原理 | 液体の顕熱(温度上昇)で熱を運ぶ | 液体の潜熱(気化)で熱を奪う |
| 冷却能力 | 高い | 最も高い(潜熱の効果) |
| 冷却液の例 | 鉱物油・植物由来オイル (ENEOS IXシリーズ等) |
フッ素系合成液 (旧3M Novec等・沸点30〜60℃) |
| 循環方式 | ポンプで強制循環 | 自然対流(ポンプ不要) |
| システムの複雑さ | 比較的シンプル | 複雑(凝縮器・密閉設計が必要) |
| 現在の普及度 | 液浸冷却の主流 | 研究開発段階が中心 |
単相式は「ぬるま湯のお風呂」──お湯が温まったら配管で冷やして戻す、シンプルな仕組み。二相式は「沸騰するフットバス」──液体が沸騰する力で熱を奪い、蒸気が天井で冷えて水滴として戻る。二相式のほうが冷却パワーは上ですが、「密閉」「フッ素系冷却液」「凝縮器」が必要になるため、コストと複雑さが段違いです。

PUE 1.05の実力──KDDIの実証事例から見える液浸冷却の威力
🏆 冷却電力94%削減──「ほぼ理想値」に到達
液浸冷却の冷却効率がどれほどすごいか──最もわかりやすい実例が、KDDIの実証実験です。KDDIは三菱重工・NECネッツエスアイと共同で液浸冷却の実証を行い、PUE 1.05を達成しました。これは空冷と比べて冷却電力を94%削減した数字です(出典:経済産業省 METI Journal)。
データセンター全体の消費電力 ÷ IT機器の消費電力。1.0に近いほど効率的。業界平均は1.56、Googleは1.09。PUE 1.05は「理論上の下限値1.0にほぼ到達」した驚異的な数字。
この実証にはENEOSの液浸冷却液「ENEOS IXシリーズ」が使われています。ENEOS IXシリーズは植物由来のオイルで、高い電気絶縁性と優れた耐熱性を兼ね備え、2025年には「”超”モノづくり部品大賞」を受賞しています(出典:ENEOS公式)。
📊 液浸冷却 vs DLC vs 空冷──冷却方式の性能比較
| 比較項目 | 🌀 空冷 | 🔧 DLC | 🛁 液浸冷却 |
|---|---|---|---|
| PUE目安 | 1.4〜1.8 | 1.03〜1.15 | 1.01〜1.05 |
| 冷却範囲 | サーバー室全体 | チップ(CPU/GPU)のみ | 基板上のすべての部品 |
| 空冷の併用 | ── | 必要(液冷7:空冷3) | 基本不要 |
| サーバーの互換性 | 汎用サーバーOK | コールドプレート対応が必要 | 液浸専用サーバーが必要 |
| 現在の主流度 | 従来型DCの9割 | AI DCの主流 | 実証〜一部導入 |
| 騒音 | 大きい(ファン稼働) | 小さい | ほぼ無音 |

普及を阻む「3つの壁」──最高効率なのに主流になれない理由
ここが、この記事の核心です。液浸冷却はPUE 1.05という驚異的な効率を持ちながら、なぜ今もDLC(コールドプレート方式)が主流で、液浸冷却は「実証〜一部導入」にとどまっているのか。その理由は3つの構造的な壁にあります。
🧱 壁① メンテナンスの難しさ
液浸冷却の最大の運用課題は、サーバーの保守・交換時に、基板を冷却液から引き上げなければならないことです。日経クロステックは「液浸冷却は2010年代にサーバー各社が製品化を試みたが、メンテナンス性や導入コストなどの壁が立ちはだかる」と報じています(出典:日経クロステック)。
・オイル系冷却液の場合、基板に油膜が残る → 清掃が必要
・通常のラックのように「引き出してすぐ作業」ができない
・液浸タンクの搬入・搬出が大型設備級の作業になる
・運用スタッフに液浸冷却の専門知識が必要(従来のDC運用とはスキルセットが異なる)
🧱 壁② サーバーメーカーの保証問題
液浸冷却のもう1つの壁が、サーバーメーカーの保証(ワランティ)です。OCP(Open Compute Project)は2024年に液浸冷却コンポーネントの保証ガイドラインを発行していますが(出典:OCP)、現実には多くのサーバーメーカーが「液浸冷却に使用した場合は保証対象外」としています。
液浸冷却専用に設計されたサーバーも存在しますが、汎用サーバーの選択肢が限られるため、特定のベンダーにロックインされるリスクがあります。DLCの場合はNVIDIAのGPUラック(GB200 NVL72など)がDLC前提で設計されているため、メーカー保証の問題がはるかに小さいのです。
🧱 壁③ 冷却液の調達リスク──3MのPFAS撤退問題
特に二相式液浸冷却にとって深刻なのが、冷却液の供給リスクです。二相式に最も広く使われていたフッ素系冷却液「3M Novec」シリーズの製造元である3Mが、2022年12月にPFAS(フッ素化合物)の製造から2025年末までに全面撤退することを発表しました(出典:3M公式プレスリリース)。
3M Novecは二相式液浸冷却の事実上の標準冷却液でした。PFAS(永遠の化学物質と呼ばれる)の環境規制が世界的に強化されるなか、代替液の確保が急務になっています。単相式はENEOSの植物由来オイルなどPFASフリーの選択肢がありますが、二相式は低沸点の特殊な液体が必要なため、代替品の開発が技術的に難しいのが現状です。Solvay(旧Syensqo)やChemours等が代替品を提供していますが、3M Novecほどの実績はまだありません。
液浸冷却が主流になれない理由は、冷却性能の問題ではありません。PUE 1.05は文句なし。壁はすべて「運用・商業・サプライチェーン」の問題です。技術が成熟しても、運用エコシステム(保証・メンテナンス・冷却液供給)が追いつかないと普及しない──これが液浸冷却の現在地です。

液浸冷却は今後どうなるのか──「次世代の切り札」か「ニッチ技術」か
📈 市場は成長中──しかし主流交代はまだ先
液浸冷却市場は着実に成長しています。MarketsandMarketsの予測では、液浸冷却市場は2025年の約5.7億ドルから2032年に約26億ドル(CAGR 24.2%)に成長する見通しです。しかしこれはデータセンター冷却市場全体(2024年で約163億ドル)のなかではまだ一部です。
富士経済は2025年を「液冷元年」と呼んでいますが、その「液冷」の主役はDLC(コールドプレート方式)です。液浸冷却が主流になるためには、3つの壁が解消される必要があり、業界の見方では2028〜2030年頃に本格普及が始まる可能性があるとされています。
液浸は実証段階
DLCの限界が見え始める
(壁が解消されれば)
あなたにとっての意味──投資家・学生・技術者の視点
投資家:液浸冷却は「今すぐ」の投資テーマではなく、「2028年以降」の成長テーマです。ただし、冷却液メーカー(ENEOS等)、液浸冷却タンクメーカー(GRC、Submer、国内のQuantum Mesh等)、PFAS代替技術を持つ化学メーカーは、今から仕込む価値のある領域。GPU世代が600kW超に達したとき、液浸冷却の需要は一気に顕在化します。
学生:液浸冷却には熱工学(相変化・熱伝達)、材料工学(冷却液の化学特性)、機械工学(タンク設計・流体制御)の知識が必要です。DLCが「配管の世界」なら、液浸冷却は「化学と流体力学の世界」。化学系・材料系の学生にとって、AIインフラへの参入口になり得るテーマです。
技術者:液浸冷却の運用には、従来のDC運用とはまったく異なるスキルセットが求められます。冷却液の品質管理、漏液検知、液浸タンクの搬入出、冷却液と材料の適合性検証──これらの専門性を持つ技術者は、液浸冷却の普及とともに需要が急増します。

よくある誤解を整理する
| ❌ よくある誤解 | ✅ 実際はこう |
|---|---|
| 「サーバーを液体に沈めたら壊れる」 | 使うのは電気を通さない誘電性液体。水とはまったく異なり、基板が浸かっていても正常に動作する。KDDIの実証でも問題なく稼働。 |
| 「液浸冷却が最強だから全部液浸にすべき」 | 冷却効率は最高だが、メンテナンス・保証・冷却液の3つの壁が存在。現時点の主流はDLC。用途に応じた使い分けが正解。 |
| 「単相式と二相式は大差ない」 | 冷却の原理がまったく異なる。単相式は「温まった液体を冷やす」、二相式は「沸騰の潜熱で奪う」。冷却能力は二相式が上だが、システム複雑さ・冷却液コストも桁違い。 |
| 「液浸冷却は新しい技術」 | 概念自体は2010年代から存在する。技術的にはすでに実証済み。普及しないのは技術ではなく運用・商業面の壁が原因。 |
| 「3MのPFAS撤退で液浸冷却は終わり」 | 影響を受けるのは主に二相式。単相式はENEOS IXシリーズなどPFASフリーの冷却液が使える。また代替フッ素系液体の開発も進行中。「終わり」ではなく「再編」。 |
まとめ:液浸冷却の全体像
① 液浸冷却とは:サーバー基板を電気を通さない冷却液に丸ごと沈めて冷やす方式。基板上のすべての部品を「全面冷却」する。
② 単相式 vs 二相式:単相式は液体のまま循環(シンプル・現在の主流)。二相式は沸騰→凝縮サイクル(冷却能力最高だが複雑・冷却液問題あり)。
③ 冷却効率は最高:KDDI実証でPUE 1.05(冷却電力94%削減)を達成。DLC(1.03〜1.15)をさらに上回る。
④ 普及を阻む3つの壁:メンテナンスの難しさ(引き上げ・乾燥・清掃)、サーバーメーカーの保証問題、冷却液の調達リスク(3M PFAS撤退)。
⑤ 壁は「技術」ではなく「運用・商業」:冷却性能は文句なし。普及の鍵は、メーカー保証の標準化・メンテナンス手法の確立・冷却液供給の安定化。
⑥ 今後の展望:GPU世代が600kW超に達する2027〜2028年がDLCの限界ライン。液浸冷却の本格普及は2028〜2030年頃と見られる。
結局こういうことです。液浸冷却は「冷却性能の世界チャンピオン」ですが、「運用のしやすさ」ではDLCに大きく負けています。技術の良し悪しだけでは普及は決まらない──保証・メンテナンス・サプライチェーンという「ビジネスインフラ」が揃って初めて技術は主流になる。これが液浸冷却から学べる産業構造の教訓です。
❓ よくある質問(FAQ)
📚 次に読むべき記事
液浸冷却の「前提」として。リアドア・DLC・液浸冷却の3方式を俯瞰する全体像の記事。
「そもそもなぜ液冷が必要なのか」を空冷の限界から理解する。液浸冷却が「次の一手」になる文脈がわかる。
PUE 1.05がどれだけすごいかを理解するための基礎知識。冷却効率と電力コストの関係がわかる。
ラック120kW→600kWの高密度化が液浸冷却の需要を生む構造を理解する。
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