KVキャッシュとは、ChatGPT のような生成AIが文章を1語ずつ作るときに、それまでの文章について計算した結果(キーとバリュー)を、メモリの中に控えておくものです。計算をやり直さずに済むぶん速くなります。
代わりに、会話が長くなるほど、使う人が増えるほど、控えはふくらむ。AIの推論でHBMが足りない、SSDが足りないというニュースの裏には、この控えがあります。大きさの目安、むだを減らす工夫、置き場所を広げる動きの順に見ます。
先に見たい節 なぜ大きくなるか/むだを減らす工夫/置き場所を広げる
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AIデータセンターの5つの構成要素
計算(GPUサーバー)
記憶(メモリ・ストレージ) ←ココ
通信(ネットワーク)
電力供給
排熱処理(冷却)
KVキャッシュの置き場所(速い順)
HBM
CPUの横のメモリ
CXLのメモリ
SSD
KVキャッシュとは
先に結論
KVキャッシュとは、生成AIが次の1語を作るために使う、それまでの文章の「キー(K)」と「バリュー(V)」という計算結果を、GPUのメモリに控えておくものです。
生成AIは、文章を1語(1トークン)ずつ作り、そのたびに前の文章全体を振り返ります。KVキャッシュがあれば、前の文章の計算をやり直さずに済みます。そのかわり、控えの量は文章の長さと同時に使う人の数に比例して増え、GPUのメモリ(HBM)をすぐに埋めてしまいます。そこで、メモリのむだを減らすソフトの工夫と、控えをCPUのメモリやSSDにまで広げて置く仕組みが進んでいます。
用語メモ:トークン
生成AIが文章を扱うときの最小の単位。日本語では、おおよそ1〜数文字にあたります。
用語メモ:推論
学習を終えたAIのモデルに質問を入れて、答えを作らせること。ChatGPTに質問して答えが返ってくるのが推論です。
生成AIは、文章をどう作っているのか
生成AIは、質問の文章を読み込んだあと、答えを1語ずつ作っていきます。次の1語を決めるたびに、それまでのすべての語との関係を計算します(アテンションと呼ばれる計算)。
1. 読み込み(プリフィル)
質問の文章を一度にまとめて読み込み、各語のキーとバリューを計算します。まとめて計算できるので、GPUの計算の力を存分に使えます。
2. 1語ずつ作る(デコード)
答えを1語作るたびに、新しい語のキーとバリューを計算し、それまでの全部のキーとバリューと照らし合わせて、次の1語を決めます。
ここで、前の語のキーとバリューを毎回計算し直すと、文章が長くなるほど計算がふくらみます。そこで、一度計算したキーとバリューをメモリに控えておき、次の語でそのまま使います。この控えが KV キャッシュです。
たとえるなら
長い会議の議事録です。発言のたびに会議の最初から録音を聞き直すのではなく、要点を議事録に書き留めておけば、次の発言のときは議事録を見るだけで済みます。そのかわり、会議が長くなるほど議事録は分厚くなります。
用語メモ:キー(K)とバリュー(V)
アテンションの計算で、各語について作る2種類のデータ。キーは「どの語と関係が深いかを探すための目印」、バリューは「その語が持つ中身」にあたります。
KVキャッシュはなぜ大きくなるか
KVキャッシュの大きさは、次のものに比例して増えます。
| 大きくなる要因 |
理由 |
| 文章の長さ | 1語ごとにキーとバリューを控えるので、長い会話・長い資料ほど大きくなる |
| 同時に使う人の数 | 1人ずつ別の控えが要る |
| モデルの層の数・幅 | 大きなモデルほど、1語あたりの控えが大きい |
| 数字の細かさ(精度) | 16ビットより8ビットのほうが小さく済む |
NVIDIA は、Llama 2 7B というモデルを16ビットで動かし、1人で4096トークンの文章を扱う場合、KVキャッシュが約2GBになると計算しています。同時に使う人が増えたり、文章がさらに長くなったりすると、その分だけ増えていきます。
約2GB
Llama 2 7B(16ビット)で、1人・4096トークンを扱うときの KV キャッシュの大きさ
出典:NVIDIA Technical Blog(2023年11月17日)
さらに、1語ずつ作るデコードでは、毎回この控えをメモリから読み出す必要があり、計算の速さよりもメモリからデータを運ぶ速さが、答えの出る速さを決めます。NVIDIA は、デコードを「メモリが律速の処理」と説明しています。
電源の設計者がこの節を読むなら、まず見たいのは計算の回数ではなく、メモリとGPUの間を行き来するデータの量です。データを動かすことにも電気がかかる。運ぶ量が増える処理は、答えの速さと同時に、電力の見積もりも変えるからです。
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KVキャッシュは、答えがどれだけ長くなるか前もってわからないので、昔のやり方では大きめの場所を先に確保していました。その結果、使われない場所が多く残っていました。
1. 小さな区画に分けて管理する(PagedAttention)
パソコンのOSがメモリを小さなページに分けて管理するように、KVキャッシュを小さな区画に分け、必要な分だけ割り当てます。
2. 同じ部分は共有する
多くの人が同じ前置きの文章を使う場合、その部分の控えを1つにまとめて共有します。
3. 控えを小さくする
キーとバリューの数を減らすモデルの設計や、数字を8ビットなどに縮める工夫で、1語あたりの控えを小さくします。
2023年に発表された vLLM という仕組みの論文では、それまでのシステムが KV キャッシュのメモリの60〜80%をむだにしていたのに対し、PagedAttention でむだを4%未満に減らし、同じ遅れのまま処理量を2〜4倍にしたと報告しています。
60〜80%→4%未満
KV キャッシュのメモリのむだ(既存のシステム→PagedAttention を使う vLLM)
出典:Kwon ほか(SOSP 2023)
KVキャッシュの置き場所を広げる
いちばん速いのはGPUのそばのHBMですが、容量に限りがあります。そこで、すぐには使わない控えを、より大きく安い場所に移しておき、必要になったら戻す仕組みが進んでいます。
| 置き場所 |
速さ |
容量 |
役目 |
| HBM(GPUのそば) | いちばん速い | 小さい | いま使っている控え |
| CPUの横のメモリ・CXLのメモリ | 速い | 中くらい | 少しあとで使う控え |
| SSD(ストレージ) | 遅め | 大きい | 長い会話の続きや、共有する控え |
NVIDIA は2026年1月の CES で、KV キャッシュを GPU に長く置いておくことはできないとして、データ処理用のチップ BlueField-4 を使い、KV キャッシュの容量を増やしてラックをまたいで共有するストレージの仕組み(Inference Context Memory Storage Platform)を発表しました。提供は2026年後半としていました(発表の時点)。
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KVキャッシュとメモリ・SSDの需要
1. HBMをもっと大きく
1つのGPUにより多くの控えを置けるよう、GPUに載せるHBMの容量は世代ごとに増えています。
2. サーバーのメモリとCXL
あふれた控えを置く場所として、CPUの横のメモリや CXL のメモリの出番が増えます。
3. SSDの需要
長い会話の控えや共有する控えを置く場所として、大容量のSSDの需要も増えます。
AIエージェントのように、何段階も考えたり、長い資料を読んだりする使い方が増えるほど、扱う文章は長くなり、KVキャッシュは大きくなります。AIの推論の広がりが、メモリとストレージの需要を押し上げる理由の1つがここにあります。
調査会社の発表を読んで、筆者が目を止めた一文があります。TrendForce(トレンドフォース)の2026年9月21日の発表は、データセンター向けSSDの値上がりの理由の1つに、KVキャッシュをメモリから大容量のQLCのSSDへ逃がす使い方を挙げていました。ソフトの中の仕組みの名前が、SSDの値段の説明にまで出てくるようになったということです。
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KVキャッシュを知ると、何が見えてくるか
あなたにとっての意味
仕事で関わる方へ:インフラ・ソフトのどの仕事でも、生成AIの推論の速さと費用は、計算の力だけでなく「控えをどこに、どれだけ置けるか」で決まると知っておくと、GPUやメモリの選び方の話がわかりやすくなります。
投資家の方へ:推論の需要が増えるほど、HBMだけでなく、サーバーのメモリ・CXL・SSDまで需要が広がります。メモリとストレージの会社のニュースを、KVキャッシュという1本の線でつなげて読めます。
学生・就活中の方へ:KVキャッシュは、AIの仕組み(アテンション)と、コンピューターの仕組み(メモリの階層・ページング)がつながるテーマです。情報系の学生にとって、AIとシステムの両方を学ぶ入口になります。
よくある誤解
誤解1:KVキャッシュは、AIが会話を長く覚えておく記憶
1回の会話(推論)の途中の計算結果の控えです。モデルが学習した知識とは別のものです。
誤解2:GPUの計算が速ければ、答えも速く出る
1語ずつ作る段階では、控えをメモリから運ぶ速さが答えの速さを決めます。
誤解3:KVキャッシュはGPUの中にしか置けない
CPUのメモリや SSD に移して、必要なときに戻す仕組みが進んでいます。
まとめ
- KVキャッシュは、生成AIが次の1語を作るために、前の文章の計算結果を控えておくもの
- 文章の長さと同時に使う人の数に比例して大きくなる(Llama 2 7B・4096トークンで約2GB)
- 1語ずつ作る段階は、メモリから運ぶ速さが答えの速さを決める
- PagedAttention などで、メモリのむだを大きく減らせる(60〜80%→4%未満、vLLM の論文)
- 控えの置き場所は HBM から CPU のメモリ・SSD へ広がり、メモリの需要を押し上げる
よくある質問
Q. KVキャッシュとは何ですか?
A. 生成AIが文章を1語ずつ作るときに、それまでの文章について計算したキーとバリューを、メモリに控えておくものです。
Q. なぜKVキャッシュでメモリが足りなくなるのですか?
A. 控えの量が、文章の長さと同時に使う人の数に比例して増え、GPUのメモリをすぐに埋めてしまうためです。
Q. KVキャッシュはどこに置かれますか?
A. 主にGPUのそばのHBMですが、あふれた分をCPUのメモリやSSDに移して置く仕組みも進んでいます。
Q. KVキャッシュのむだを減らす方法は?
A. 小さな区画に分けて必要な分だけ割り当てる PagedAttention や、同じ部分の共有、控えを小さくする工夫があります。
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ポチップ
S
シラス
電験三種・QC検定1級 / メーカーでパワエレ設計・品質保証 実務10年
メーカーで回路設計と生産技術(品質改善)に携わってきた経験をもとに、AIインフラを支える半導体・電力・冷却の仕組みを、図解でやさしく解説しています。
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